日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞歴

マツダは第1回目の受賞など計5回受賞しています。

第40回 2019-2020 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考会において、「MAZDA 3」が10ベストカーの選出されました。

最終選考では総合2位となり、高い評価を頂きました。

 

このページではマツダ車の歴代の受賞車をご紹介します。

日本カー・オブ・ザ・ヤーとは?

(日本カー・オブ・ザ・イヤーHPより)

「日本カー・オブ・ザ・イヤー」は、日本のモータリゼーションの発展とコンシューマーへの最新モデルおよび最新技術の周知を目的として、1980年に創設されました。
現在、一般社団法人 日本カー・オブ・ザ・イヤーが構成する日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員会の手により運営されています。
選考対象となるクルマは、前年の11月1日より当年の10月31日までに日本国内において発表された乗用車で、60名を上限とした選考委員の投票によって決定されます。
また、その年を代表するクルマとなる「日本カー・オブ・ザ・イヤー」が日本メーカー車だった場合、海外メーカー車でもっとも多く得票したクルマに「インポート・カー・オブ・ザ・イヤー」が与えられます。
さらに3つの部門賞、「イノベーション部門賞」、「エモーショナル部門賞」、「スモールモビリティ部門賞」と「実行委員会特別賞」が設けられています。
1980年の創設以来「日本カー・オブ・ザ・イヤー」は、文字どおり日本を代表する“クルマの賞典”として、世界からも高く評価されています

記念すべき初回イヤー・カー、5代目ファミリアハッチバック

日本カー・オブ・ザ・イヤーの第1回開催は1980年でした。

記念すべきこの第1回目の大会でイヤー・カーを獲得したのはマツダ(当時は東洋工業)のファミリア3ドアハッチバックでした。

 

サスペンションやシートアレンジ、後席の快適性で好評得た同車両は、電動サンルーフを標準装備したXGグレード等を中心に若者の心を掴みました。

 

80年代は社会情勢などから自動車需要は低迷してスタートしましたが、5代目ファミリアは快進撃を続け、82年には計3回、83年には計5回、国産小型車を代表するトヨタ・カローラと日産サニーを押さえ、国内市場ナンバーワンの月間販売実績をあげました。
82年には、量産開始から27ヶ月で100万台の生産を達成し、それまでの世界最短記録であった、GMシボレー・サイテーションの29ヶ月、VWゴルフの31ヶ月を塗り替えるなどもしました。

その後の受賞車

●第3回 1982 – 1983 日本カー・オブ・ザ・イヤー 「カペラ」/「テルスター」

初のFFとなった4代目「カペラ」と日本フォードブランドの兄弟車「テルスター」が受賞。

居住性や軽量化の観点でFFに挑戦したカペラは大幅な軽量化や新エンジン、フランスの大物俳優アラン・ドロンを起用したCMで話題となり、多くの欧州向けで納車待ちが発生するなど、話題豊富なモデルとなりました。

 

●第26回 2005 – 2006 日本カー・オブ・ザ・イヤー 「(3代目)ロードスター」

3代目ロードスター(NC型)が受賞。新型シャシーを採用、ロードスター初の3ナンバーサイズとなった。

 

 

●第33回 2012 – 2013 日本カー・オブ・ザ・イヤー 「(初期型)CX-5」

初代CX-5が受賞。

(受賞理由)※公式サイトより引用

見た目でもアピールするスタイリッシュなデザインに、5ドア5人乗りのクロスオーバーという実用的なボディでありながら、クルマを操る喜びを味わえること。ディーゼルの長所であるトルク感や高効率はそのままに、短所である騒音・振動を抑えた革新的なエンジンを生み出したSKYACTIVテクノロジーの素晴らしさ。
この日本でSKYACTIV-Dが絶大な支持を獲得して新しいディーゼル時代の突破口となった点を高く評価。

 

 

●第36回 2015 – 2016 日本カー・オブ・ザ・イヤー 「(ND型)ロードスター」

4代目となったND型ロードスターが受賞。

(受賞理由)※公式サイトより引用

明確なコンセプトを持ち、作り手の熱い情熱を感じさせるライトウエイトスポーツカーとして、その出来映えの素晴らしさは誰もが認めるところである。さらに初代登場の1989年以来、26年にわたってドライビングの楽しさを追求し続け、真のクルマ文化を根付かせたいと努力してきたマツダの企業姿勢についても高く評価した。